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夫と一緒にイタリア旅行にはスマホが便利だったけど

一昨年、夫と2人で初めてのイタリア旅行に行ってきました。

ツアーではなく、飛行機チケット、ホテルの予約は勿論の事、美術館や現地での電車移動の予約などなど、全て自分でやりました。

ローマで4泊、フィレンツエでは5泊し、ローマからナポリは日帰りバス観光に参加、フィレンツエからピサの斜塔は普通の電車でミラノへはイタロで日帰りとかなりアクティブに動きました。

私は英語は片言でしか話せませんが、夫は更に喋れず、イタリア語は2人とも全くわかりません。

それでも昔と違いネットが発達した現代は自宅のパソコンで何でも予約が出来、何でも調べる事も簡単に出来るのですから便利な世の中になったもんです。

しかし何よりも便利で頼りになったのはスマホでした。

あらかじめWIFIも借り、予備のバッテリーも準備万端で行きましたからローマの空港に着いてすぐにグーグルマップを起動。

空港からホテルまでのナビは電車の乗り換えや時刻表まで出るので迷うこともありませんでした。

ホテルでもパソコンで予約した内容をあらかじめ印刷しておいたので困ることも全くなくチェックイン出来ました。

スマホを地図代わりにローマ中を歩き回り、スマホの歩数計は毎日2万歩を超えました。

タクシーに乗った時も行きたい場所をスマホで見せ、乗っている間は道順をマップで確認して遠回りをされていないか確認していました。

レストランでも予約はスマホから前の晩にするようにしました。

お勧めの料理も調べられますし、片言の英語が通じない時はスマホの翻訳アプリで対応しました。

フィレンツエではあらかじめリサーチしておいたお店で夫の革のジャケットを購入しました。

スマホのお蔭で順風満帆だったイタリア旅行でしたが、最後の最後にスマホでは対応できない事が起こりました。

私たちは飛行機の関係で帰国日はフィレンツエから再びローマに戻りました。

ローマの空港で免税手続きをするためにインフォメーションのお姉さんに免税手続きをしたいと尋ねました。

お姉さんはG1に行けと言ったのですが私はYouTubeであらかじめローマの空港の免税手続き場所をチェックしていたのと違うのです。

私は不安になって再度、本当にG1で良いのかと尋ねるとお姉さんは親指をグッとたてて答えてくれました。

G1へは空港内の電車に乗って行き、更に持ち物検査を通ります。

しかしG1ではそれらしき場所が見当たらないのです。

そして上を見上げるとVATはB5と書いてあるではありませんか。

やっぱり、あのお姉さんが間違えたんだと思い、とりあえず腰が悪くてもう歩けそうにない夫をそこに残しB5を目指しました。

空港のいろいろな人にB5はどこ?と聞きながら何度も免税手続きを諦めようと思いましたが1万円があきらめきれずさ迷い歩きました。

そして何とかようやくYouTubeで見たB5にたどり着いたのですB5のVATに。

しかし窓口は閉まっていて貼り紙にはVATはG1に移ったと書いてあったのでした。

今度はそこからG1に戻る道が分からず、近くにいた空港の警備の人に聞くとこの道を真っ直ぐ進めと教えてくれましたが、その道の先には扉があり、扉の外にはバスが走っているのです。

私はG1に行きたい!ともう一度言うと、扉の外のバスに乗れと言うのです。

バスになんか乗ってしまって大乗なのだろうか?本当にG1に行けるのだろうか?と不安で不安でたまりませんでしたがバスに乗りました。

私はこの時ほど日本人に合いたい、誰か助けて~と叫びたい心境で泣きそうになりましたがバスは無事に私をG1に連れて行ってくれました。

G1に着いてもう一度VATを探しているとcustomerとピラっとしたコピー用紙に印刷された文字を発見しました。

なんでもうちょっとしっかりとした案内板を出していないのか腹が立ちましたがイタリア人はそんなもんなのです。

空港内の大冒険の末に無事に免税手続きをすることができたのでした。

若者を導く漱石の才能にビックリ

いつか、NHK Eテレの「先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)」という番組を見ました。

おそらく今までにも何度か見かけたことのある番組なのですが、たまたま目に留まったので視聴してみました。

扱われていたのは夏目漱石で、彼がいかに若い才能を引き出す天才だったかを取り上げたテーマの後半でした。

偶然見た番組なのでもちろん前半は知らないのですが、十分ついて行ける内容でした。

私が抱く夏目漱石のイメージは「気難しくて堅苦しい天才肌の文豪」といった感じなのですが、実際には、本人は普通にしているだけのつもりなのに周りは笑ってしまうというような、今でいう「天然」の側面があったことが意外でなんだか急に親近感がわきました。

自分より若い人たちと積極的に関わるイメージも今まではあまりなかったのですが、若い文学者たちと親密な交流を持ち、数多くの手紙をやりとりしてたくさんアドバイスしていた事実を知り、とても面倒見が良くてあたたかい漱石の一面を知ることができました。

以前よりも漱石が好きになりました。

漱石がアドバイスをしたのは、児童文学雑誌「赤い鳥」の創刊者・鈴木三重吉や芥川龍之介など、のちに大活躍した有名な人ばかりで人数も多いのですが、そもそも漱石が小説家として活動し、そのような交流を行っていたのは人生の最後の10年ほどだけだという事実にも、(小説家活動が10年ということは前から知ってはいたのですが)改めて驚かされました。

よくよく考えてみれば、漱石は元々教師だったので、若者たちとの交流やアドバイスには慣れていたのだろうなと、視聴しながら思いましたが、それにしても、一人ひとりの性格に合わせた言葉の贈り方は見事で、若い「才能」を瞬時に見極めて導く漱石の「才能」も並外れていたことが自分にはとても新鮮でした。

文豪としてだけでなく、人間としての漱石の魅力、偉大さを知ることができてとても興味深かったです。